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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)233号 判決 1976年3月22日

当事者の表示は、別紙当事者目録記載のとおりである。

主文

一、控訴人ら(附帯被控訴人ら)の本件控訴を棄却する。

二、ただし、原判決を変更し(原判決主文第二項1の部分は、附帯控訴に基づき変更する。)、控訴人ら(附帯被控訴人ら)の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、第二審とも、控訴人ら(附帯被控訴人ら)の負担とする。

事実《省略》

理由

控訴人らは、原審において、一次的請求として、土地区画整理事業のほぼ完成した昭和三五年三月三一日を売払期日とする買収対価に相当する価格による売払いを、二次的請求として買収対価に相当する価格による売払いを、三次的請求として買収土地の法定小作料に一一を剰じて算出した価格による売払いをそれぞれ求めたが、一次、二次請求を却下され、三次請求につき対価の点を除き売払いを求める部分が認容されて、その余の対価の部分が棄却され、当審において、右一次請求をせず、二次、三次請求を維持している。ところで、買収農地につき、改正前の農地法八〇条所定の買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が客観的に生じれば、旧所有者は、右規定によつて、売払請求権を取得するのであり、ただ、その売払価格は特別措置法、同法施行令の適用の対象になる場合は右法令により、また、ならない場合は改正前の農地法八〇条二項の規定により、買収対価相当額が定まるのであり、そのいずれが適用されるかにより、自ら決定されるのであるから、売払請求権は本来一個であり、売払価格の算定の根拠を異にすることにより、その個数が複数となるものではない。したがつて、控訴人らの請求である本件売払手続、すなわち、国に対する売払いについての承諾を求める請求権もまた本来一個である。控訴人らが原審において、これを一次ないし三次請求とし、当審において、右二次、三次請求を維持していても請求原因は同一であり、単に売払価格を二段階に構成した上、申立を二個としただけであつて、訴訟上の請求は一個であり、数個あるものではないから、これらを合わせて一個の請求として審理判決すべきである。ゆえに、原判決が一次、二次請求を却下し、三次請求の本案につき判断しているが、それは単に申立について判断したに止まり、結局一個の売払請求につき判断しているものと理解すべきであるから、以下この見地に立つて判断する。

被控訴人は、本訴請求は控訴人らが訴訟外で買受申込をすることについて、何ら法律上の障害がないから、訴の利益を欠き、不適法であると主張する。この点についての当裁判所の判断は、原審と同様被控訴人の主張は理由がないとするものであつて、その理由は原判決理由中に説示するところ(原判決一五枚目裏六行目から一六枚目表四行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

よつて、控訴人らの本件売払請求の当否について判断する。なお、原判決は、控訴人らの一次ないし三次請求中、一次、二次請求を却下し、三次請求につき本案判決をしているが、前述のとおり、右は一個の請求と見るべきところ、原判決は三次請求につき本案に立ち入つて判断しているから、当審においても、本訴請求の本案について判断し得るものである。

本件土地が控訴人ら主張の所有者らの各所有に属していたところ、被控訴人が昭和二二年一〇月二日から昭和二三年三月二日までに、本件土地を自作農創設特別措置法三条により買収し、売渡処分のなされることなく今日に至り、この間、控訴人ら主張のとおり、前記所有者らの一部の者が死亡し、その主張のとおりの者が遺産相続して、それぞれその権利を承継取得し、本訴の選定者となつたこと、建設大臣が昭和二八年二月一六日稲沢町(現稲沢市)都市計画事業稲沢土地区画整理施行区域決定をなし、同年八月二六日稲沢土地区画整理を施行すべきことを命じたこと、本件土地中、稲沢市長野町字落一、八八五番の田、同町字上石田二、一一三番の畑、同町同字二、一六〇番の田、同町同字二、一六一番の畑、同町字下石田二、二五四番の畑、同町字四ツ割一、九七八番の田の一部、同町字小崎一、八六〇番の二及び同字一、八六〇番の三の各田につき、京都農地事務局長が整理施行区域に編入することを承認したことについては、当事者間に争いがない。しかし、本件土地中、その余の土地については、右編入することの承認の有無については何らの立証もなく、また、昭和三五年三月末右土地区画整理事業がほぼ完成したとの事実について何らの立証もない。ゆえに、昭和三五年三月に改正前の農地法八〇条所定の自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が客観的に生じたとの控訴人らの主張は理由がない。しかし、昭和四五年一一月二四日本件土地が市街化区域に指定されたことについては、当事者間に争いがないところ、右事実によれば、本件土地は右市街化区域に指定された昭和四五年一一月二四月に改正前の農地法八〇条にいう買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が客観的に生じたものということができ、したがつて、これにより、本件土地の買収前の所有者またはその一般承継人である控訴人らは本件土地の売払請求権を取得したということができる。そして、控訴人らは、本訴において、被控訴人に対し、右売払請求に対する承諾の意思表示を求めているものであることは、控訴人らの主張に照らして明らかである。

ところで、昭和四六年四月二六日制定、同年五月二五日施行の特別措置法二条は、「国有農地等の売払いの対価は適正な価格によるものとし、政令で定めるところにより算定した額とする。」と定め、同年五月二二日制定、同月二五日施行の同法施行令一条は、「右売払いの対価は、その売払いに係る土地等の対価に一〇分の七を剰じて算出する。」と定め、かつ特別措置法付則二項は、「この法律はこの法律の施行の日以後に農地法八〇条二項の規定により売払いを受けた土地等に適用する。」と定めているから、本訴で求める本件土地の売払いについては、右特別措置法の適用があるものといわなければならない。控訴人らは、買収農地の売払いについては、農地法八〇条一項の認定の対象となる状況が客観的に生じたとき、当然に売払(売買)契約が成立すると主張するが、そのように解すべき根拠はなく、売払いの申込とこれに応ずる意思表示の合致があつて売払契約が成立するものであることは明らかであるから、控訴人らのこの主張は理由がない。

控訴人らは、売払いの対価は、農地法八〇条一項の認定の対象となる状況が客観的に生じた時期の法定価格によるべきであると主張する。しかし、改正前の農地法八〇条二項にいう買収対価相当額は、売払いの申込と承諾によつて売払契約が成立した時点を基準として定められるべきであり、売払請求権発生時を基準とすべきではない。その時点では、単にその時点での法定の価格をもつて買い受けることができるという期待があるにすぎない。前記特別措置法付則二項によれば、本件については、同法の適用されることは明らかであるから、控訴人らのこの主張は理由がない。

また、控訴人らは、買収対価相当額によるべきでないとしても、法定小作料に一一を剰じて算出した価格によるべきであると主張するが、右特別措置法によれば、本件売払いについては、同法による対価をもつてなされること明らかである。この主張は理由がない。

控訴人らは、特別措置法は不公平な事後立法であり、かつ憲法二九条、一四条に違反するから、無効であると主張する。右主張の趣旨は、控訴人らは特別措置法施行前に売払請求権を取得するに至つたのであるから、事後の立法により、控訴人ら主張の価格による売払いの利益を奪うことはできないというべきところ、特別措置法によれば、控訴人らの右既得の利益を奪う結果となり、それはまた、憲法二九条の精神に反し、かつまた、すでに売払いを受けた旧所有者との間に不合理な差別を生じ、憲法一四条にも違反するというにあると思料されるので、この点について判断する。

憲法二九条違反の主張について判断するのに、自創法三条に基づく農地の買収は、自作農の創設、農業生産力の発展、農村の民主化の目的達成のため、正当な補償のもとになされたのであるから、買収地が自作地として売り渡すことを適当としない事情が発生して買収の目的が消滅したとしても、これにより、法律上当然に旧所有者に買収地を返還しなければならないものではない。しかしながら、買収が行われた後、当該買収地につき、その買収目的となつた公共の用に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、これを旧所有者に回復させる権利を保護する制度を認めることは、立法政策上妥当なものであり、改正前の農地法八〇条の買収農地売払制度も、この趣旨で設けられたものにほかならない。そうとすれば、売いの価格も、必ずしも買収時の対価でなければならないとする法律上の要請はないといわなければならず、それはひとつに立法政策上の問題である。しかして、その後の社会経済事情の変動、特に地価の著しい高騰等に照らし、売払価格を依然として買収時の対価によることとすれば、それ自体不当不合理であるところから、右社会経済事情の変動に応じ、対価を変更するとすることに立法上の制約はなく、これに改正を加えて相当な価格とすべきものとすることも、立法政策上是認できるのである。この見地からすれば、特別措置法、同法施行令において売払価格を買収地の時価に一〇分の七を剰じて算出すべきむねを定めて、これによらしめることとしても、憲法二九条に違反することにならない。控訴人らのこの主張は理由がない。

控訴人らは、特別措置法の如き事後立法の適用は許されないと主張する。本件土地が昭和四五年一一月二四日市街化区域に指定された結果、買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が客観的に生じこの時点において、控訴人らが売払請求権を取得したことは、控訴人ら主張のとおりである。しかし、前説示のとおり、改正前の農地法八〇条二項にいう買収対価相当額は、売払いの申込と承諾によつて売払契約が成立した時点を基準として定められるべきであつて、売払請求権成立時を基準とすべきものではない。その時点では、単にその時点での法定の価格(買収対価相当額)をもつて買い受けることができるという期待があつたにすぎない。ゆえに、事後の立法によつて、控訴人らの買収対価相当額による売払請求権を奪う結果にはならない。のみならず、前述のとおり、社会経済事情の変動により、買収時の対価をもつて売払いの価格とすることは、これまた、変動後の事情に著しくそぐわず、正常な一般社会経済取引を乱すことは明らかである。法も社会経済事情を無視してはあり得ず、もし買収時の対価をもつて売払いの価格とするならば、そのことの方が不合理な結果を招来するといわなければならない。叙上のことを勘案すれば、特別措置法の制定施行は、むしろ右の不合理を避け、適正合理的な売払いの対価を定めて現下の諸状勢に適応させるためのものであつて、立法政策上許容されるものというべきである。控訴人らのこの主張は理由がない。

控訴人らは、特別措置法により売払対価を定めることは、憲法一四条に違反すると主張する。しかし、前説示の如く、特別措置法の制定施行が立法政策上許されるものであるかぎり、同一の法律関係につき、その制定施行の前後により、異なる効果を生じることがあつても、やむを得ないことといわなければならず、それは何らの合理的理由に基づかない差別、不平等ではない。控訴人らのこの主張は理由がない。

以上の理由により、本件土地の売払いについては、特別措置法の適用があり、同法及び同法施行令の定めるところにより、その対価が定められるべきところ、控訴人らは、その主張自体によれば、本訴において、改正前の農地法八〇条二項に規定する買収対価相当額ないしは法定小作料に一一を剰じて算定した価格による売払を求めて、被控訴人にその承諾をすべきことを訴求するものであり、特別措置法、同法施行令の適用価格による売払いを求めるものではないことが明らかである。してみると、本件について改正前の農地法八〇条二項による買収対価相当額ないしは法定小作料に一一を剰じて算定した価格による売払いが許されないこと前説示のとおりであるから、控訴人らの請求は、結局理由がないことに帰する。

なお、控訴人らは、特別措置法により売払いの対価が決められるとしても、これと買収対価相当額との差額は、控訴人らの被つた損害であり、本訴において、右損害賠償請求権を自働債権として、特別措置法による売払いの対価と対当額で相殺するむねの意思表示をするから、結局買収対価相当額による売払を求め得られると主張する。しかし、本訴は買収農地の売払を求めて被控訴人の承諾を求める請求なのであるから、売払価格は特別措置法施行令の規定により自ら定まり、控訴人らの相殺の意思表示により、売払価格自体が左右されるものではない。売払価格が定まり、その代金支払の段階において、相殺すべき自働債権があれば、これを主張して精算されるべきであるから、この主張自体無意味であり、理由がないといわざるを得ない。

しかして、原判決は、前記三次請求について、価格を定める部分を除き、控訴人らの請求を認容しているところ、この部分について、控訴人らは控訴していないので、被控訴人の右部分の取消及び棄却を求める附帯控訴は理由がある。

以上の理由により、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の附帯控訴は理由があるから、これに基づき、原判決中控訴人らの請求を一部認容した部分を取り消して、右部分の請求を棄却し、なお控訴人らの請求の趣旨の訂正(原審での一次請求の取下げ)があり、本訴は一個の請求と見るべきであること前述のとおりであるから、原判決を本判決主文のとおり変更するものとし、民事訴訟法三八四条、三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 夏目仲次 菅本宣太郎)

当事者目録

控訴人(附帯被控訴人、選定当事者) 林源一

同(同) 飯田憲二

被控訴人(附帯控訴人) 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 伊藤好之<外四名>

選定者名簿

林源一<外二七名>

土地目録(第一ないし第一九)《省略》

土地の所在地 稲沢市小池正明寺町

字名

地番

地目

地積

買収年月日

被買収者

買収対価

小崎

三、八〇六―一

六九平方メートル

昭和二二、一二、二

林源一

金五六円

コテ畑

三、四五四―一

一四五平方メートル

金一三七円七六銭

藤之木

一、九三〇

二二四平方メートル

金二六一円一二銭

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